研究内容(Research contents)
専門:生物物理学、細胞生物学
主な研究対象:細胞のオートファジー
🖊研究概要
細胞の「オートファジー」とは、細胞が自身の持つたんぱく質を分解しリサイクルするシステムのことで、酵母からヒトに至るまであまねく真核生物の細胞に備わる機構です。生物の生体維持に不可欠な機序であるとともに、がん細胞の抑制や抗老化にも関与していることが知られています。このオートファジーが起こる過程で形成される特殊な膜構造を「オートファゴソーム」といいます。細胞内の不要な部分や損傷した構造を取り込むために、一時的に形成される二重の膜で、袋状の構造をしています。細胞内のターゲット(老化したタンパク質や細胞小器官)がオートファゴソームという袋によって包まれ、リソソーム酵素により分解・リサイクルされるのです。
私の研究では、オートファジー、オートファゴソームの仕組を数理的に解き明かすことを目指しています。これらの解析・研究が、ひいては医学・薬学等の発展や深化に寄与することを期待しています。
🖊研究手法
主に数理モデルの構築、理論物理によるアプローチを行っています。電子顕微鏡等で網羅的に観察した細胞の統計データをもとにモデルを作成し、構造の予測や仮説を構築します。
🖊研究成果
以下に研究成果を抜粋してまとめます。
1.膜界面における脂質輸送の動的メカニズムの解明
細胞内のオルガネラ(小器官)同士は、単なる独立した構造ではなく、膜同士が接触する「コンタクトサイト」を介して密接に連携しています。これらの膜界面は、脂質の輸送や情報伝達のハブとして機能し、細胞の脂質恒常性を維持する上で極めて重要です。
私たちの研究では、特に Atg2 や Vps13 といった脂質輸送タンパク質に注目しています。これらのタンパク質は、オートファジーやミトコンドリア機能、さらには神経変性疾患にも関与しており、近年の構造解析技術(Cryo-EMやAlphaFold)によってその全長構造が明らかになりつつあります。しかし、これらの構造情報は静的なものであり、脂質がタンパク質内部をどのように移動するのかという「動的な輸送メカニズム」については未解明です。
本研究では、全原子分子動力学(MD)シミュレーションを用いて、脂質がタンパク質内部をどのように移動し、膜からどのように取り込まれ、放出されるのかを分子レベルで解析します。具体的には以下の点に焦点を当てています:
- 脂質分子の輸送経路の可視化
- タンパク質の構造柔軟性と輸送効率の関係
- 膜との相互作用とアダプター分子による膜認識機構
これらの解析により、膜界面を「動的な反応場」として捉える新たな研究パラダイムを提示し、膜界面生物学の理解を飛躍的に深化させることを目指しています。
現在、Atg2–Atg18複合体のMDシミュレーションを実施しており、理化学研究所「富岳」や東京大学「Wisteria」などの計算資源を活用した大規模解析を進めています。また、膜生物学の専門家との共同研究体制も整っており、理論と実験の融合による高精度な解析が可能です。
この研究は、細胞内ネットワークの理解を深めるだけでなく、脂質代謝異常に起因する疾患の分子病態の解明や新たな治療標的の探索にも貢献することが期待されます。